忍者ブログ

 林蔵、奥の道未知!をいく

 江戸時代の探検家、間宮林蔵を題材とした小説です。

その六

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

その六

屈強そうな門番が何人もやってきて、林蔵を止めようとしたが、林蔵は、旅の者です、もう駄目です。厠をお借りできないなら、路上でするしかありません。苦しいから、いっそのこと殺してください!と、涙目になって叫んだ。
 その気迫というか、薩摩言葉でなく江戸言葉と思われた見慣れぬ徘徊師姿の老人があまりにもくるしそうで気の毒におもったか、それはわからないが、よし通れ、というしっかりした声が後方からきこえた。なんと、その声は、殿様の籠からで藩主島津斉興公の声であった。

  林蔵は泣きながら、これはもはや演技ではなかった。あまりの腹の痛み、出さないとおかしくなりそうであったので、涙をながして、失礼いたします、と、門番 に教えてもらった道を必死で我慢しながら厠に駆けこんで、用をたした。助かった、それに、なんてことだ、あっさり城下に入れたぞ、と思うと怪我の功名なら ぬ、食あたりの功名、ほっとしたら痛みも引いてきた。厠をでると、幸い誰の姿もいなければ、声も聞こえなかった。どうやら、お殿様が帰城したせいか、家臣 がみな殿様のいる一室に集まっていたようであった。林蔵は、お城の中を少しながらわかることができたので、やった!と思った。
 そのまま、門番に一礼して、ゆっくり港に入ると船がでるところであった。林蔵は、蝦夷で八九郎からもらった熊の胆をのんで延岡に向かい、そこから四国の伊予松山に入り道後温泉に入って数日滞在し、ほっとすると、また舟に乗り、大坂までもどった。
 大坂へもどると、翌日には、大坂町奉行所に行った。

 大坂も大きい。ここも当然天領である。 
 ここは江戸とちがって、まだ2度目であるが、とにかく川が多く、橋が多かった。
 俳諧師の格好で、捜し当てると、まず門番にことわった。本名を名乗って幕府の矢部定謙をたずねましたと申して、一室へ通された。

 矢部は以前、江戸で会ったことがあり、懐かしそうに声をかけた。

 「よく参られた。そのお姿は御内密の御用で諸国を旅されたのですか」
 矢部はなつかしそうに言うと微笑んだ。
 「それにしても、そのお姿、松尾芭蕉の奥の細道のようですな」
 「ええ、昨年江戸から蝦夷の松前まで行き、日本海に沿って九州を進んで薩摩から四国を経て大坂です」
 「いやいや、おつかれ様です。松尾芭蕉よりもはるかに長旅、しかも薩摩まで入国をされたのですか」矢部は驚いて尋ねた。
 「はい、薩摩は、何故か、すんなり入国できました。ただ、抜け荷はわからないですね。清国船のような舟は海岸にいくつか停まっていましたが。琉球の船かもしれませんし、、、。薩摩の奥には琉球がある。琉球は徳川幕府と違う独立王国ですが、薩摩の支配下という変わったところです。絶対、抜け荷をやってそうですが、はっきりとした証拠は見つけられなかったです。もっと長くいればわかったかもしれませんが、情けない話、薩摩の人同志の言葉はさっぱりでした。それに、薩摩の武士は江戸の旗本と違っていつも鍛えているのか、情けないことですが怖そうでしたね。なんとか、隠密がきたぞ!という跡を残したかったですが、ただ、城内に入ることができました」

 矢部が、林蔵の最後の言葉を聞くと、思わず驚愕の顔を浮かべたので、林蔵は、少し照れながら、続けた。
「実は、情けない話ですが、薩摩の水があわなかったのか、現地の黒豚料理のせいか、わかりませんが、よりによってお城の前を通ろうとしたら、異常にお腹の調子が悪くなりまして、これは演技でなく、本当に苦しくて泣けてきまして、お城の厠をお借りしようとしましたら、偶然、お殿様の籠が通られるところで、いいぞ、と仰っていただき、城下の厠をお借りできました」

 「それは、すごい体験ですね。城下の厠をお借りするなんて、普通、そんな恐れ多いことはできませんから。普通なら、門番に殴られるか、下手すれば殺されても仕方ないのに!!」矢部は林蔵の告白に驚いて答えた。

「はい、でも、薩摩藩だからこそできたようにも感じられます。入国時も意外に簡単に入国できましたけど、やはり、最近、お亡くなりになられた島津重豪様が、徳川将軍家と親戚関係にもなったことですし、幕府も薩摩藩と事を構えることはないだろうと、薩摩の今の藩主の島津斉興様も思っておられるようにも感じられました。ですから、鹿児島城、門から厠のあったあたりの図ですが、後で書き留めました。よかったら、いつか、薩摩を脅すことがある際にでも、用意してください」と言うと、林蔵は懐から、一枚の地図を差し出した。

 「承知しました。薩摩は大藩ですし、しかも遠いから、なかなか手出しが難しいですが、油断して露骨に密貿易をしているなら、この地図が役に立つやもしれませんな。私から江戸の大久保様のほうにお届けしましょう」

「ありがとうございます。しょせん、薩摩ですし、お役にたつかわかりませんがお願い致します。ところで、山陰の浜田藩なのですが、こちらも密貿易をやっているようです」

 林蔵は浜田藩で見た椰子の実のこと、更に舟乗りの肌がすごく日に焼けたようで真っ黒なこと、日本の舟より大きな船が入港していること等を話した。
 矢部は再び驚いているようであった。

 林蔵は続けた。
 「どうも薩摩を通じているか、直接もっと南の国から抜け荷をしているかはわかりませんが、抜け荷はあると思います。日本海側で江戸からも遠く、しかも、北には隠岐の島もありますし、李氏朝鮮にも近い。ぜひ共、大坂の矢部様にと思いまして」

 矢部は「承知しました。ここから隠密を放ち、探りましょう」
 林蔵は、頭を下げると、江戸へ急ぎますのでと伝え、外へ出ると、淀川の京へ向かう舟に乗った。
PR

コメント

プロフィール

作者:福田純也
福田純也
性別:男性
男性

最新記事

(12/31)
(03/18)
(03/14)
(03/12)
(03/11)

P R