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 林蔵、奥の道未知!をいく

 江戸時代の探検家、間宮林蔵を題材とした小説です。

その四

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その四

また、年が明けて、天保10年になった。
 水戸藩から見舞いの客が来て、長崎からのオランダの新しい薬ですと、ぬり薬をもらったら、発疹も急に小さくなり、身体が軽くなった。
 天気のよい日は、ついにふとんをでて、庭で土いじりくらいならできるようになった。それで、小松菜をおりきと一緒に栽培した。
 ああ、俺はやはり百姓のせがれ、土はいいな、今度は甘藷(サツマイモ)も植えよう!と林蔵は土をにぎって思った。

 訪問客も、あいかわらず来るので、おりきがお茶を入れる。そして、彼らが必ず何か羊羹やら最中などお菓子をもってきてくれるので、みなで食べるのが、毎週あった。中には長崎のカステイラをもってくる人もいた。ふとんで寝ている時に囲碁の本を読み、ルールもわかってきたので、訪問客と囲碁をうつこともあった。
 ただこの年の5月、悲報を耳にした。
川路聖謨を介して親交を結んでいた三河田原藩の家老で画家である渡辺崋山が、捕らえられ投獄されたとのことであった。川路聖謨と一緒に来る崋山とはよく来航したアメリカ船を砲撃した幕府をお互いに批判していたが、彼が一人で林蔵を訪ねると、もっぱら西洋画や、飢饉の時に備えて植える甘藷などの芋の話をしていたよき仲間であった。

 従来の浮世絵と違い、西洋の立体法をとり入れた似顔絵を描くのを特に得意としていた。林蔵も病身であるが由、自分の顔を描くことは断ったが、いずれ彼からも画法を学びたいと思っていただけに、この知らせにひどくおちこんだ。

 どうも、老中水野忠邦の下で、洋楽嫌いの目付け役人鳥居耀蔵の発言力が急に増し、蘭学者が捕らえられたようである。世に言う"蛮社の獄"であった。
 林蔵はひどくおちこんだが、それでも川路聖謨や江川英龍は捕まらなかったときき、ほっとして、崋山の早い釈放を願った。
 また、そんな中、水戸藩主の徳川斉昭はさすが御三家の藩主だけあって、配下の学者の藤田東湖に入手したオランダからの薬に朝鮮人参をもたせて、林蔵のところを訪問させた。林蔵は、自分のためにここまでしてくれる、こんな藩主がいるかと思うと感激した。

 自身も早く回復していずれ斉昭のために働きたいと強く思った。
 秋になり、近くなら外出までもできるようになった。釣りをしに近くの池や海辺に出て、ぼけーと煙草を吸う。つった魚は、おりきにさがいてもらって2人で食べた。小さい頃、川魚が全く食えなかったが、その後、鮭を蝦夷で食べるようになり、今は、江戸で泥鰌や鮒の魚も一部、食べるようになった。
 年をとったなぁと、またふと思う。
そして、いつも笑顔を浮かべながらも働き者のおりきはいい女だが、林蔵は湿毒になったと知ってから、ずっとおりきと男女の関係はさけていた。彼女と関係を持つ体力も病身の時はなかったし、回復したらしたで、やはり病気をうつらせては、という気持ちもあった。

 だが、すでに40をこえた彼女は、世話をしながらも、やはり自分をすごく好いてくれているようだった。こんな時、他の人ならどうするのだろう。ぼんやり考える。やはり浮かぶのは俳諧師の死んだ小林一茶だった。特に、最後の隠密としての活動が西国の浜田藩や薩摩で、彼自身、俳諧師に化けたから思い入れが深かった。

 あの人ならどうしたろうか。あまりに若い女性ならともかく、おりきもすでに40。この時代なら、もう初老に近づいていた。子供をつくろうとはせず、2人で死出のたびにつきあってくれるだろうか。でも、もう60になった俺はともかくいくら40でも彼女は、湿毒になればどうなるか。それに今さらなんだか恥ずかしくてやれないな!と思った。
 でも一茶殿なら芸の追及と称して、精力を最後までふりしぼって、句を作って死んでいくかもしれんな。林蔵は一茶を思い出し、ひとりで苦笑した。
 でも自分はちがう。おりきを抱くことで元気になれるかもしれなかったが、今はまだやめよう。まだ完全に回復していない、と思った。

 徳川斉昭からの薬は、その後もひきつづき届けられた。そして、斉昭はエゾを水戸藩に任せて欲しいと老中の水野忠邦にだしては却下され、さらに将軍になってまだ数年の12代将軍の徳川家慶にも願い出たが、残念ながらも断られたとのしらせをきいた。

 斉昭は、まだこれからもエゾ経営をしたいと依頼を続けると、うかがい、林蔵はうれしくなったが、彼自身、もうエゾはおろか、水戸街道を通って3日かけて水戸までも、とてもおとろえ歩けない身体、そう思うと悲しくなった。

 6月になり、川路聖謨の使いから知らせが届き、佐渡島へ佐渡奉行に栄転となったという。林蔵は祝いながらもやはり江戸からきた友人が自分から去っていくことをさびしく思った。
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プロフィール

作者:福田純也
福田純也
性別:男性
男性

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