真夜中、清国の酒を飲んで、たらふく食べて眠ったはずが、またふと目が覚めた。明日、清国の役人にあいさつをして、それからコーニたちの交易の方も数日もしたら終わるだろうし、来週には、舟でアムール河を下るんだな。ああ、これで終わり、長かった。思えば遠くに遠く来たもんだ!、と思った。
夜空に心地よい風が吹き、あの月を一人みると、何だか、日本のことを思い出す。懐郷病(今風に言えば、ホームシック)になったような気がした。
まず、江戸にいた時のことを思った。そして択捉や蝦夷地の松前や箱館のことも思いだした。
蝦夷地は、江戸の人からすれば、辺境だが、デレンまで来てしまった林蔵は、すごく懐かしい日本である。
あかあかや、あかあかあかや、あかあかや、あかあかあかや、あかあかや月という、あまりにも簡単な和歌、子どもの頃、寺子屋で教えてもらった和歌、誰が詠んだか、知らないながらも鎌倉時代に読まれたという和歌と思い出す。暗闇の中、微かながらも光る三日月がきれいであった。これで、やっと終わる、蝦夷地でも良いから、帰りたい、と林蔵は思った。
だが、そんな気持ちがわきおこると、まだおわってない!油断するな、という、もう一つの声がすぐに心の中から叫んでいるように感じた。
俺は幕命で来ている。ここまで来てみたことを感情をこめず、ただ事実をきちんと伝えるのだ!という強い声である。
もう少しでここを去る。これからは寒くなるだろうし、樺太を南へいかないと!と思ってまた寝入った。
ついに朝をむかえた。
前回の清国の役人への訪問は、コーニにとってデレンに来たことを示すあいさつみたいなものであったが、今回は、貢物を献上する目的があり、いわば、本番といってもいい日である。一回目にあいさつをした時は、下級役人であったが、今回は上級役人もいる。
今回はすでに他の種族の一団も前に並んでいた。
ただその割りに、役所自体は、短い夏しか運営しておらず、おちついて見ると日本のお城や奉行所と比べても、ずっと粗末な建物であったが、清国役人は赤や紫や青の混じった派手な服な役人風を来て、壇上にかまえた。
自分たちの番が来ると、コーニが、土の上にひざをすいて頭を低く三度下げる。貢物は黒い貂の皮一枚だが、これでも喜ばれるらしかった。これを渡すと、上級役人が部下である下級役人に命じ、清国の布地を下賜し、もらった者(コーニ)は役人に礼を述べて退出した。
日本(和人)とアイヌ人との交易では、日本側から米、酒、煙草、うるしの箪笥などが輸出されたが、デレンの街でも、物々交換をしていて、清国の多くの商人が主な相手だった。北の産地でとれる貂など獣皮を、やはり中国酒、煙草、金属製品と交換していて、米やうるしの漆器以外は、アイヌ人と和人との間の交易と似たものが多いと、林蔵は感じた。