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 林蔵、奥の道未知!をいく

 江戸時代の探検家、間宮林蔵を題材とした小説です。

その五

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その五

まもなく「ついた、あれがデレンだ」とコーニが言った。アムール河の川幅は広く、川はだいぶ上ったのに、日本の河川とちがい、すごく流れは緩やかである。
いよいよ着く頃になると風もなく、流れのゆるやかさをより感じた。

 やはりここは予想した通り、樺太南部からこれまで探検した場所の中では一番にぎやかであった。キチーよりもずっと大きく、大陸にぽつりぽつりとしかなかった小集落とは明らかにちがっていた。

 「あれが清国の役所だ!」とコーニがいった。

 周囲を大きな木材で組んだ柵があり、その中に建物の屋根がのぞいている。

 コーニは、ちょっとあいさつに行くから、と、建物の柵までいくと、役所に礼儀をして入っていった。
 林蔵はいよいよだな、でも俺は会えるのだろうか。もしかしたら、日本人ということでどうしてこんなところまで来たか、と疑問に思われるかもしれなかった。樺太の北部に清国の勢力が及んでいるところ、清国人相手に、樺太の探索に来たと言えば、また、変に怪しまれるような気もしていた。

ならば、仮に、日本漂流民と漢字で書けば、案外、松田伝十郎からもらって読んだ韃靼漂流記の昔の日本人の漂流者ではないが、川をさらに上って、ずっと遠くの北京まで連れて行かれるかもしれないな。もっとも、当時の漂流民たちは、北京から天津の港に行き、そこから長崎へ向かう船に乗って帰国できたが、自分の場合、漂流ともちがい自分の希望で来た者だ。ホント、どうなるのかな。あれこれ、また、一人で思案していたら、意外と早くコーニがもどってきた。

 「役人様に日本人も一緒につれていると話したらすぐ連れてこいと命じられた。仕度をしてくれ」とたのまれた。

 コーニの後ろについて歩いた。あいかわらず、俺、どうなるかな!と思いながらも、早く会ってみたくなった。内に入ると広い部屋がみえ、コーニは役人の姿をみると、いきなり顔を床にすりつけて3度ひれ伏し、顔をあげた。
 
 2人の役人が、広い部屋で大きな食卓の前に座っていた。役人は光沢のある派手な衣装を着てかわった帽子をかぶっていた。以前、江戸にいた時、絵でみたことのある長崎の清国人と同じである。

 役人が何か言うと、コーニはうなづいて、「本当に日本人かとたずねておられる」といった。思えば林蔵も、ひげははえ、顔は雪焼け、さらに丁髷こそ後ろに結っていたが、月代の髪がのびていて、髪形は江戸の食い詰め浪人みたいであったから、通常の町人とはもちろん、武士ともだいぶ違っていた。
 林蔵は役人に顔を向け、日本人だと言うと、コーニがすぐに訳した。ニヴフ人のコーニはアイヌ語もそこそこ、さらに他の部族の言葉も片言ならわかる。そして中国語は、それらとも発音がかなり違うようだが、見事に通訳をしているようだった。

 「どうして、日本人がわざわざここまで来たのか」、ときいておられる。

 一瞬、韃靼漂流記のことを思い出し、いきなり日本漂流民と漢字で書いて記せようかとも考えたが、清国役人がコーニに伝えれば、当然すぐに嘘だとばれてしまうわけで、これも困る。それで、清国でなく、ロシアのことも気になっていたからここまで来たのだ、と伝えようとして、手ぶりをまじえて説明を始めた。
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作者:福田純也
福田純也
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