書状を開封すると、長崎の出島にいるオランダ人(実際はドイツ人だが、日本ではオランダ人と偽っていたので)の医師シーボルトから、高橋景保に小包が到着、あけてみたら、景保宛以外に林蔵宛の品物もあったので使いの者に託し届けさせ候、と書いてあった。
小包は何重にも包装してあり、すごく興味深く、林蔵は、シーボルトからどうしてこんな物が!と驚いた。
もしかして、景保様が、俺の活動をシーボルトに伝えたのだろうか。そうにちがいない。だから、景保様だけでなく、自分にも贈ったのだろうけど、何が入っているのかな?と開いてみようと思った。
ただ、なかなか開かない。これは紐をきらないといかんな、と思って小刀をとり、いざあけようとした。
だが、次の瞬間、ふと、これを開封することにものすごく大きな恐怖を感じた。これは自分が勝手に開けたらまずいのじゃないか!、急にそんな気がしてきた。
一回も会ったりしていないオランダ人の(実際はドイツ人だが)シーボルトは確かに江戸で将軍に謁見したり、薩摩の島津重家など大名クラスの人物とも会い、大いに尊敬を集めている。しかし、これは高橋重保様が一度開封したものでもなくシーボルトから直接、自分に届いている。さては重保様、俺のことを話すだけでなく、シーボルトに何かあげたのだろうか?またはシーボルトは、俺と会いたいのだろうか。
うーんわからん。でも会ったことのない人から品物をもらうのは、やはり良くない、ましてやオランダ人だ。
林蔵はこう思うと、これは開けないで、今、江戸で自分の上司である勘定奉行村垣淡路守定行に届けようと思った。
林蔵は、村垣の前に平伏し、事情を説明すると小包と書簡を差し出した。
村垣は書簡を受けとると、早速、小包の紐を家来にとかせた。
小包は4重もの厚さで、開くと更紗が一反とオランダ語で書かれた書簡が現れた。
「この手紙に何が書いてあるか、オランダ語のできる者に和解(翻訳)させよう」
「私に何か、やることはございますか」と林蔵は尋ねた。
「うむ、今はないな。我ら、勘定奉行にまかせよ。まず、オランダ語の手紙、何が書いてあるか。何かをお前に依頼をしているか?調べてからになるな。ざわざわこんな良質な布を一反もよこすのだからわけがあるはずだ。それにしても景保殿、何故、そのままお前に渡したのか。わしだったら絶対にしない」というと一息つき、続けた。
「このことは、絶対に他言いたすな。手紙の和解もこっそりとやらせるからな」と言うと、林蔵は少し緊張した表情になって平伏した。
林蔵は外へ出ると、煙管を取り出し、煙草に火をつけてフーとゆっくりと吸った。小包を勘定奉行に届けてよかった! もし届けなかったら、下手すれば俺も何か、共犯の罪を疑われて、何らかの処罰を受けたかもしれん。
もしや、景保様、シーボルトと何か密輸の相談でもしたのだろうか。
いやバカな。いくら何でも幕府の天文方ともあろう方が、そこまでしないだろう。でもシーボルトと何かやりとりしたとしてどうして俺にまで布が届いたのかな。贈り物なら、俺よりも、きっとずっと身分の高い島津様もいる。それに俺と同じ成り上がり者出身なら、アイヌ語やエゾの探検の大先輩で、南樺太でも会った最上徳内様もいる。もしかして最上様も俺のことをほめてくれたのかな、うーん、本当わからん。ただいろんな人がシーボルトのところを訪問したというし、それこそ景保様も数回は会っているだろう、蘭学者でオランダ語にも通じているからな。今は、勘定奉行(村垣様)におまかせあれ、だ」と思うようにした。
いつの間にか日もくれていた。4月(今の5月下旬)になろうとしているのに寒くなった。一人だし、まっすぐ家に帰る気がおこらなくなってその日は小料理屋に入って豆腐や鰆の焼き魚を食べて、しばらく一人で酒を飲んでいた。