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 林蔵、奥の道未知!をいく

 江戸時代の探検家、間宮林蔵を題材とした小説です。

その二

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その二

"峠から、景色の魅える(見える) 長崎や 異国の屋根見え 足も止まって"(駄作)

 久しぶりに詠んでみた。でもうまくないな、それに今回もそうだが、勘定奉行の村垣様からの密命で来た。それにこの鮮やかな青い海とオランダの大きな船、それにオランダ人のいる出島、それに唐国人街までやってきた。

異国に開いた唯一の町、長崎はエゾの箱館港とも少し似ていたが、もっと規模が大きかった。
 気持ちを切り替えて、出島まで行こうと早速、峠を下った。何だか、街自体、江戸や今までの宿場ともちがうにおいがした。どうもお寺のお香のにおいと、獣肉か魚介類を焼いたにおいがあわさり、そこに西から風が潮の香りを運んでいる。そんな感じがした。
 よく街を歩くと、洋風の橋がかかり、またお寺も多く清国風の寺もあった。
 出島は高い板堀で囲まれ、その上から洋風の建物の屋根がみえた。そして、オランダの三色の国旗、まるで異国のようだと思った。
 長崎の丸山遊郭からの遊女と、通詞等役人以外は入れなかった。

 シーボルトは、昨年12月のオランダ船で、長崎を離れていた。国外永久追放の処分は、国禁をおかしたわりに軽い刑である。幕府もオランダとの関係悪化はさけたいだろう、と林蔵も思っていた。幕府も異国船に打ち払いをせよ!と厳しい態度をしているが、オランダだけとはつきあいをなくすことはない。大きなオランダ船が事件後も二隻停まっているようであった。
 将軍家でも江戸城内でもオランダから輸入された飾りもあったし、オランダと国交断絶しては海外の情勢もわからなくなる。不可欠な存在であった。それに今回シーボルトに面会し、江戸から品川までは一緒に移動した島津重豪の三女広大院は11代将軍の家斉の正室(御台所)であった。将軍の義父でもある。
 彼は、シーボルトとはかなり親しく交わっていたが、お咎めなしであった。

 商人の身なりをして、情報を集めようとすると、今回のシーボルト事件は、樺太に行った間宮林蔵が密告したせいだという噂が流れていた。なんと、俺は、長崎では悪名高い男になったようであった。

 しかも、高橋景保にはかなりお世話になりながら、恩を仇で返した奴と言う、シーボルトから自分あてに届いた品を幕府に密告し、景保はシーボルトと組んで国法を破った中心人物であると訴えたとの噂であった。
 林蔵は、決して密告はしていない、俺は当然のこと、あくまでも会ったことのない異人からの荷物を幕府にもっていっただけだから、心外であった。
 しばらくここに滞在せねばならないが、もし俺が林蔵だとばれたら、誰かに刺されるかもしれない。そんな恐怖心もでてきたが、必死に出島の辺りを歩いて、通詞や役人の様子をみた。慎重に調べた結果、どうも洋書等をオランダ人から入手して、その代償に日本の物品がオランダ商館員に渡っているようである。
 入手した者は、更にどこかへ密かに売られるのか、それとも、その日本人が自分で使用するかはわからないが、何となく薩摩に流れているような気がした。

 江戸からはるか西にあり、同じ九州の長崎と薩摩の鹿児島城との間で何かあるのでは!と思い、それもいずれ報告したいが、確証がなく、また機会あれば必ず!と思って、江戸へ向かった。途中、尾張から、お伊勢参りの一団が増え、いつか自分も本当に隠居したら旅がしたいと思いながら、急いで戻った。

 薩摩のことなど確証のないことは触れず、報告すると、勘定奉行から老中大久保忠真に提出された。
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プロフィール

作者:福田純也
福田純也
性別:男性
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