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 林蔵、奥の道未知!をいく

 江戸時代の探検家、間宮林蔵を題材とした小説です。

その三

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その三

12月になり、年号も文政13年から天保になり、すぐに12年が明け、天宝2年(1831年)となった。
  
 長崎から急ぎもどって、たくさんのお伊勢参りから江戸や関東にもどる旅人の中を急いで進んだせいか、また林蔵は病気になって寝込んでしまった。情けない、いやいや、もう五十路だ。衰えたな、と自嘲した。

 しかも、外を歩くと、今までは、樺太へ探検をしたり、エゾも含めて地図をつくり上げた英雄のようだったが、やはり長崎にいた時、同様、いや江戸では隠密でないだけに、人の眼の変わったことをかなり実感じた。

 お世話になった恩人が、学者として世界地図を入手して樺太の東海岸もあわせた完成品にしようとしたのを邪魔して、けおとした汚い狗だという声を近くでもきいた。
 しかも蘭学者だけでなく、蘭学嫌いの多い朱子学等の儒学者でさえ、林蔵のことを恩人のことを売った汚い男、汚い狗だとののしっているという噂がきこえ、外に出るのが嫌になっていた。
 さすがの林蔵も、なんで俺ばっかり、と思う。蘭学嫌いの奴らにまで言われたくなかった。高橋景保も江戸にずっといて書籍を読んでばかりいたが、朱子学者は景保同様、江戸にずっといて理屈ばかり、俺は少なくとも漢字で清国人とも交流できた。お前らも長崎で清国人にあってみるがいいだろうが、と思ったりした。

  今回、高橋重保は刑をうけて獄死した。しかし、自分は密告などしていない。
 世の中の人も、幕府には表立って何も言えない。それにだいたいご禁制の品をあの景様もきちんと言っていればよかったのに、と思うが、今度は別のことを思った。
 もし俺があの人の立場なら、林蔵はクソまじめで硬い奴だからこっそり幕府の勘定奉行に持っていくだろう!あいつだけには伏せたほうがいいだろう!と、こっそり自分で処分するが。どうして俺なんかに廻したのだろうか。
 景保の屋敷に出入りしている者の中にも、実は隠密がいて、そいつがうまく景保様をそそのかしたのではないか。それこそ、誰か別の実力者から依頼を受けて。
景保は獄死、そしてその責任はすべて俺になすりつけようとしている奴が別にいる。
なりあがりで独り者の俺だとやりやすいかもしれない、林蔵は今回の事件、何か大きな罠があるような気がした。

 だが、長崎でオランダ貿易が減ったということも少なくとも彼が現地で調べつくした限りでは見当たらなかった。それどころか、逆に増えているようであった。
 それにシーボルトと深く交わった者は高橋景保だけでない。薩摩の元藩主で、今も将軍の義父で一番の実力者の島津重豪はもっと親しくしていたし、しかも、ひ孫でまだ二十歳ながら英明と言われている斉彬もともにオランダ語で文章を書けたとのことであった。
 だが、彼らは実力者であるゆえ、今回も全く咎めなしである。彼らだって、シーボルトにご禁制とは言え、将軍と親戚関係にもあるから、その気になればシーボルトに地図を差し出したり、オランダの物品と引き換えに何かを差し出したり、十分出来る人たちである。
 林蔵は、それは仕方ないと思いながらも、これではザルに水をすくうような、そんな気がした。
 例えば、以前、自分も松田伝十郎や、最上徳内たちと共にエゾを探索し、測量した。そして、ついには樺太までいき、ロシア艦のいないことを報告した。後にゴロヴニンたちを捕縛したが、自分以外の役人や通詞の多くが彼らに同情的になって、釈放した後、今度は蝦夷地自体を幕府が直接管理するのをやめて、松前藩に返すことになった。
 しかも、それも(当時の)老中と親しかった松前藩の大名からの賄賂の影響だと、噂もあった。
 エゾですら無理なのにましてや樺太は小さな一大名が人を派遣なぞできるはずがない。本当ならもっとこれからこそ、幕府主導で開拓しないといけないのに、ロシアは来ないようだから、もう安心だ。とばかりの態度である。 

 林蔵は、今回のシーボルト事件も、自分の手のはるか届かないところに真相があるような気がした。

 心労の疲れであろう、ある日、林蔵は病に臥していると、本当にもうやめたくなった。50歳などとっくにやめていい年だ。もし幕府がまだ蝦夷を直轄にしているなら自分も幕府の下役人としてでもやりがいのあることができる。でも、もう松前藩が管理している。
自分のやれる事はせいぜい、藩が密貿易しているか、調査することくらいだ。
 でも今さら隠居しても、故郷に両親の墓があるばかり。しかも、今回の事件で、かなりひきょうな狗!と言われて、評判は地に落ちた。
 故郷でもそのうち噂になるだろう、いやむしろもう噂になっているかもしれない、江戸に近いからな。

 もしかしたら、自分の上司とも言える幕府の老中や勘定奉行が、案外、林蔵が密告の黒幕だ、という噂をつくったかもしれなかった。今や噂のせいで、隠居をしていないで諸国を旅している方が気楽ともいえる。下手に隠居させないで、ずっと隠密として使えるところまで使いきってやろうとか、他の物が怖がっていかない薩摩への潜入も
林蔵になら命令しやすいと思っているようだ。まさに、俺は、「行かさず殺さず!」という狗かもしれないと思うと、たまにわが身悲しく、酒をのんで酔いつぶれた。

 勘定奉行の村垣も林蔵が隠居すればやはり困るわけでこれはありうることであった。
 もしそうなら、でも結局、俺という男は狗でしかない。幕府の狗、ここでやめるとはいえないし、もし強引に隠居させてください!と言ったら、ある日、幕府の誰かからも斬られるような立場。林蔵は何か、自分の無力さを痛感した。
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作者:福田純也
福田純也
性別:男性
男性

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