そして、さらに但馬守の言葉は続いた。
「御老中、牧野備前守忠精様より、御沙汰があった。松前奉行支配調役下役格に任ずる。禄高は30俵、三人扶持を下賜くださるとのことであるぞ」
「え!」と林蔵は思わず驚いた。
異国への渡海の罪を問われると思ったが、遂に、昇進である。
「その方の提出した地図と書類だが。お城の中でもすごい評判であるぞ!病身のため、お暇を申出たことをお伝えしたら、一生無役にしてやれ、と仰せられた。ありがたいと思え」
「一生無役」、一定の仕事に拘束されることもなく、自由に仕事を選べる恩典であった。林蔵は平伏すると、急に涙がでてきた。必死に我慢していたものである。
「林蔵、どうした。うれしくて泣いておるのか」と但馬守はやさしく言った。
「はい、大陸へ渡ったこと、もしかして死罪になることも覚悟の上でしたのに、こんなにありがたいことは・・・・」
「そうか、案ずるな、東韃靼へ渡ったことはむしろ、勇気ある行動であると、おほめの言葉をちょうだいしておる。そちが日本というこの国を思い、正しいと信じてやったこと、お上も判っておるぞ」
彼は会所を出ると、急に小踊りしたい気持ちになった。やった!やったァ!
今日は、また久しぶりにももんじ屋で、それこそ、日本オオカミの肉でも食おうか、蝦夷地にいない狸で、狸汁で一杯やるか、吉原でいい女と一杯やりたいな、と思うと、足取りも軽くなった。
先程、別に、これで気分がめいっているなら遊んでこい!と小判をもらったこともあって、気分がいい。昼に久しぶりの薬、初めて甲斐(山梨県)で仕留めた狸の汁を食うと、湯屋に入って、身体を温め、きれいにした。
夜になって、うまい酒と鳥肉を食うと、外からは月の光が鮮明に輝いている。満月だ!きれいだ。蝦夷でノンノと一緒に見た月ともまたもっと昔、デレンでみた月とも同じ月であったが、一段と輝いていた。おお、俺はとことん悲観性、心配性だな、なんで、いつもおびえるのだろう、だから、だめだ。
もっと楽に生きれるのに、自分で病気をつくっている、困った奴よ!と思う。
三味線の音が快よく聴こえた。
あかあかや、あかあかあかや、あかあかや、あかあかあかや、あかあかや月!
と、林蔵は、彼自身、きれいな声と思うように通った声で詠むと、遊女がお酒をつぎ、身体にふれてきた。林蔵は、白いすべすべした女性の肌をさわると、静かに黙って抱きよせた。