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 林蔵、奥の道未知!をいく

 江戸時代の探検家、間宮林蔵を題材とした小説です。

その一

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その一

第七章 江戸で会談

 林蔵は、自宅に戻った。もう正式に処遇もきまった。遠慮はいらない。ならば、以前から江戸に戻ったら、ぜひ会いたいと思っていた人を訪ねようと再び思った。

 出発前にロシアのことを詳しく教えてくれた大黒屋光太夫殿は、いかがしているだろうか。
彼自身、元気になったこともあったし、光太夫が軟禁されている屋敷を訪ねてみたが、江戸を離れたとのことであった。

 光太夫は、以前、少なくとも一度は、林蔵が樺太出発前に訪ねる前に、故郷の伊勢の白子の浦へ戻っていたが、今回は、箱根の関所の手前の箱根温泉宿に湯治に行ったようである。留守にしている者に訊くと、何でもロシアで幸いにも凍傷も治り、寒さには大変強くなった反面、江戸の猛暑に弱く、皮膚の湿疹に長年悩まされていたとのことであった。それに、50歳を超えて、身体も弱くなっているから、ちょくちょくと奥方を伴って、湯につかっているようであった。

 あの人も、ずっと幕府から保護されているとは言え、軟禁状態だから、自由も制限されているだろう。帰国してもう17年もたつが、ずっと江戸では外出もしづらく屋敷に篭っていると、気も疲れるだろうな!と、林蔵は同情した。

 次に、林蔵は、松田伝十郎と旧知の仲であった俳諧師の小林一茶を思い出した。この人とは、未だ会ったこともないし、俳諧師だから、自分とはまるで関係のない人のようでもあったが、伝十郎の出身の村と、一茶の生まれた村が比較的近く、伝十郎は、一回目の樺太探検の後、また樺太に行った自分とは逆に、江戸に戻られて、すでに一茶ともあっているようだし、せっかくだから、自分も会ってみたくなった。それにずっと俳諧の修行ということで、上方からさらに西の西国を旅されていたことも気になっていた。

 林蔵は、以前、松田伝十郎から教えてもらった商家を訪ねた。
 そこは、一茶がよく句会を催すこともある商家で、商家の主人は一茶の門人の一人で、パトロンのような存在であった。また、呉服屋の大丸も近くにあった。呉服屋の大丸は、日本橋にも近く、いわば東海道など、五街道の出発地点の華やかな呉服屋だが、同時に幕府の隠密がここの奥の部屋で、変装をする場所という裏の顔を持っていた。百姓、商人、僧、虚無僧、山伏、旅人の衣服、笠、それに杖なども準備してあった。
 一茶も俳諧師として、ここを拠点にして、西国に隠密をしていたかもしれない。
林蔵自身、まだ、ここに入ったことも(利用したことも)なかったが、ふとそう思った。
 商家の主人に、自分の住所を知らせ、小林一茶宛に、後日、お会いしたいといった内容を記した手紙を渡すと、家に向かってゆっくり歩いた。

 家に戻って、ゆっくりとする。心にゆとりが出たのだろう、仰向けになって天井をぼんやり見つめながら、俳句を詠んでみた。

 「久しぶり、お江戸の春は、桜かな」

 うーん、当たり前すぎる、帰り際、桜の華の美しさを懐かしく思ったからだろうけど、ならば、富士山でも詠んでみようか?

 「利尻にも、富士の山あり、思い出す、生きて凱旋、しばし休んで」
 
 さっきより、ましだ。俳句は短すぎて難しいから、短歌だろうけど、やはり、芸をいったら、俺の場合はなんだろう。樺太でもデレンでも必死に残そうと、絵を描いたけど、描くのは、好きだな、それに、琴も三味線もだめだが、唄を歌うのは、得意だな、と、一茶と会うことを楽しみにしたのか、今までと違って、芸のことをおもった。アイヌ人や、ニヴフ人とも、言葉の壁を乗り越えるのに、最後は身体を張ったけど、やはり、芸が身を助けたなぁ、とまた、樺太でのことなどを懐かしく思い出した。
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プロフィール

作者:福田純也
福田純也
性別:男性
男性

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