忍者ブログ

 林蔵、奥の道未知!をいく

 江戸時代の探検家、間宮林蔵を題材とした小説です。

その十

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

その十

江戸は桜も吹き乱れ、お花見ももよおされていた。一人者の林蔵は、淋しい気持ちになったが、外で茶店に入って、お汁粉やお団子を食べながら、熱い緑茶をすすった。そういえば、樺太ではもちろんだが、松前でも酒もよくのみ肴に鮭をやいたモノをよく食べていたけど、お菓子を味わうといったことはしなかった。

 甘いな、でもうまい!林蔵はその時、心が安らぐ感じがした。

 蝦夷の函館から舟を渡って、本州に入ってから、食生活もまた変わったと思う。久しぶり江戸に入ってからは、米飯が中心で、納豆や豆腐をとって、そしてしじみ汁も飲んでいる。肉も魚もここでは高価でもあるし、ほとんど食べなかった。米は、白米で、久しぶりに食う。
 食べやすいし、うまい!けど、肉と魚を食わないから、そのせいで体調が優れず、病気なのかも、とか思ったりした。以前、函館で魚をよくたべて病気をしなくなったし、薬食いというくらいだし、やはりたまには獣の肉を食おうと思ってももんじ屋に入った。
 猪の肉を食うと、身体がポカポカして元気になった気がした。また東韃靼で食った豚肉を思い出す。豚肉、清国人はよく食っていたな、日本では、何でも九州の南、薩摩藩だけでは食われているということを江戸できいたし、薩摩芋もやはり琉球から薩摩へ入って、ついには8代将軍吉宗の時代江戸にも入り、飢饉の時にも芋のおかげで助かったというし、黒豚もまた薩摩から入ればいいけど、江戸などは四ツ足はけがらわしいと言ってる人が多いから無理かな、と思ったりした。

 江戸で無事、下役人をやめて故郷へ帰ったら、うまく野の兎や野鳥でもとって食おうとか考えたりしてたある日、書状が届いた。中を開くと、霊岸島の松前会所からで、即刻出頭せよ!と書いてあった。
 出頭命令、何だろう、やはり樺太ですませればよかったのに東韃靼まで行ったことを咎められそうな気が再びして、何か、また病人のように顔が青くなっていた。もしや、役人をやめたいと書いたことで、その罪から逃れようとしていると、とられたかもしれず、急にお腹が痛くなり、あわてて厠にかけ込んだ。

 厠で用を足すと、忙しく身支度をして、会所へ急いだ。きびしい吟味、下手すれば処刑かもと思うと気分が悪い、しかし、韃靼で河をのぼって行った奴はいない!俺を処刑したら、呪ってやる!いつか日本に国難がおちるぞ!と思ったりもした。

 そこへ、江戸出張の役人と共に、奉行の荒尾但馬守がやって来たので、林蔵は平伏した。

 「林蔵」但馬守の声がきこえて、顔をあげた。

 「江戸へ来てから病んでるときいたが、まだ、顔色が悪いな」

 「はい、身体の調子がずっとよくないのです。とても今後、勤める自信もなく、お暇をいただきとうございます」

 林蔵は、意識的にわざと弱く苦しそうにいった。病気のふりをして同情をかおうと演技、役者でないが、ずっと顔色が悪かったし、それらしくなった気もした。

 すると「それはならぬ」但馬守の通った声が聞こえた。
PR

コメント

プロフィール

作者:福田純也
福田純也
性別:男性
男性

最新記事

(12/31)
(03/18)
(03/14)
(03/12)
(03/11)

P R