あー、俺はいつまでこうしていられるであろうか。いづれ、幕閣から正式に江戸へ出るように命じられるであろう、そしたら、今度や江戸勤めであろうか。それとも、また、今度はその健脚や、また測量も生かして、もしかしたら西国へ調査ということで上方にいくやもしれない。
また、今回で調査を終わった。俺は、光太夫殿のように漂流してロシアにいたわけでないから、軟禁はないだろうけど、もう必要はないとばかりに、いくばくかのお金(報酬)をもらってヒマをだされるかもしれなかった。
そうなると、役目もないし、故郷で農民でもやるか、ということになる。もともと農民だったわけであるから、ならば蝦夷地でノンノと一緒にずーっと耕作をしていたいという思いはあるが、もともと無理な話であった。ここにはあくまでも、お役目でいるわけだし、やはり農民なら故郷の畑に跡継ぎとしてもどりたい、アイヌ人として生きる気にはなれなかった。ただ、未練とでも言うのだろうか、重賢からも、ずっと江戸幕府からの命令があるとかいった知らせもなかったし、夏は、アイヌの村に行き、畑で、くわをもって野菜をうえ、雨の日には、三国志等、読んで、酒を飲んだ。そして、西日がかたむいてくると、ノンノを呼んでたわむれていた。
お盆の頃になると、もう松前は冬仕度である。この頃は、そろそろ、江戸へ出頭命令もあると思って、高橋重賢の部屋に再び寄寓していた。
重賢に江戸からの指図についてきいてみると、やはり、命令という固いものではないが、天文方の高橋景保殿へは重賢から林蔵の記録したもの図を模写したものを送っていたが、やはり、林蔵と直接会って伺いたいとのことであった。
しかたない、ノンノとの夢のような日もこれで終わりだ。また、ここに来れれば!と思ったが、相手も日本語もできるとは言え、アイヌの女性であるし、また江戸でも松前でもない蝦夷のアイヌの村に行くやもしれぬ。彼女もすでに林蔵の心持を察していたのか、それとも以前からわかっていたのか、未来の話はしなかった。
ただ、お互いに、終わりがあるとわかっていたからこそ、よけいに激しく燃えたような本当、真夏の夜ばかりではなかったが、短い真夏の夜の夢のようだった。東韃靼のデレンでみた月は、彼女とアイヌの村でも見た。景色がよく、二人でシノビリカ!とおもわず、アイヌ語でいう。シノビリカとは、アイヌ語で、心地いい、とでもいう意味だ。また、今度、江戸でも見るのだろう、いや旅先でも月はみれるが、さびしく一人で眺めることになるのやもしれん。
林蔵は、高橋重賢から、江戸までの旅の路銀をうけとり、早速、仕度にとりかかった。冬になるとまた、寒い中を歩く、いくら健脚でも、日本(内地)の場合、寒いと思ったら、急に日によって暖かくなる、これが油断をさそい、また来る寒波がこわかった。だから本格的に寒くなる前にいかねば。
ノンノ、ありがとう、林蔵は舟で離れると、蝦夷の方をふりかえった。彼女は、俺がまた蝦夷地に戻ったら、まだ松前にいるだろうか。最後にアイヌの村へあいさつにいったら、体調がすぐれず、別のもっと大きなアイヌの村へ行ったと、村のアイヌ人から聞いた。彼女は、村の出身でなく、蝦夷地のもっと奥の出身だった。
そもそも松前へは、和人(日本人)と嫁いだことから来て、離縁後も縁あってずっと残って、松前の小料理屋で和人の酒の相手もしていたようであった。その後、縁あってちょうど彼が重賢の世話になり、彼の家で寝泊りを始めていた。そこへ日本女性とまったくつきあったことのない林蔵に、重賢がアイヌの女性をあてがってくれたにちがいなかった。林蔵はエゾに向かって舟から頭を下げると、それから南の陸奥の方へむいた。