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 林蔵、奥の道未知!をいく

 江戸時代の探検家、間宮林蔵を題材とした小説です。

その四

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その四

村の人々はみな優しく、両親を気にかけてくれてるようだし、またお寺の住職もいるから大丈夫だろうけど、やはり妻と子がいればよかったな! 例えば、妻に子供が何人かいたら、俺が各地にとびまわってもよかったけど、世の中、そうはいかない。

 それに、俺の妻になった女は不幸だろう。結婚したら、すぐに役目があるといってはまたどこかにいくのだから。松田様は、江戸に妻子を残して、エゾや樺太にいたけど、やはり残った奥様も大変だったろうなと思った。

 俺もいずれは機会があたら、結婚したい。でも、自分、不器用だから。将棋で言えば、俺は桂馬か香車だな、もどれない、前面に飛び出るだけ、哀しいがもっと年いくまで無理だろう。

 もともと、時は進み、過去にはもどれないのは、誰も同じだが、周りがゆっくりと歩のように進み、ある程度進んだら、成り金に成れるけど、おれはいつまでも成れない。

 ああ、一茶様は、諸国を廻って歌の道を極めようとしたが、女がないからまだ奥へは行けてない、地元で親の残した遺産を元手に若い奥様をもらってやっと奥の細道と言ってたな。

 まあ、俺が奥に行くのは、やはり幕命に従っていくのみだが、まだおわらない、ロシア人の艦長ともなればかなり偉いだろうが、思いきり相手になってやるぞ!等、いろいろ思いながら、一気に雪で寒いのも平気で進んでいった。奥州なんてまだ通か、さらに奥に行かないと!

 一月下旬、津軽についた。10日程、舟が嵐のためだせず、イライラして煙草と熱い酒を飲んだが、張り切りすぎたか、足が痛くなり、久しぶりに旅籠で鍼医師に足に鍼やお灸をいれてもらったりして、二日ばかり休んだ。やがて海上もおだやかになり、舟に一番に乗った。

 松前の港につくと、松前城がみえる。日本のお城で一番北にある松前城、でも蝦夷では一番南の端にある。林蔵は、最北の宗谷か、また、せめてその間、石狩川の河口でもこんなお城をつくっていた方がロシアへの牽制になるのだが、と内心思った。

 宿に泊まって、少し休んで、湯につかると昔のアイヌの女性、野々、アイヌ語でノンノのことが気になった。アイヌの村にもどったようだが、今もあの村にいるのだろうか、でも彼女の故郷はもっと北の村だと言った。日本人のまったくいないところ!にちがいない。もう会えないだろう!

 俺は幕府の役人で、故郷は関東だ。そして、彼女はきっと、もう松前や箱館には、もはやいないような気がしてきた。林蔵は酒を飲んで、彼女のことを忘れ、ロシアのことを考えるように努めているうち、旅のつかれもあってか、ゆっくりと眠った。
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プロフィール

作者:福田純也
福田純也
性別:男性
男性

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