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 林蔵、奥の道未知!をいく

 江戸時代の探検家、間宮林蔵を題材とした小説です。

その九

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その九

案外日本人だって、中にはいるかもしれないような気がした。奉行所の中にはいないと思うが、わからない。いや、さすがに奉行所は幕府の直轄だからないだろうけど、蝦夷地はもとは、松前藩の治めていた土地である。

 松前藩は、蝦夷地が徳川幕府の直轄になったため、奥州の土地に国替えになっていて、今はあまりとれない米作の年貢でくらしているが、蝦夷地を治めたころは、アイヌから不平等な物々交換をして、海産物を西廻り航路で西国や大坂へ売っては膨大な利益を得ていた。

 それで、今回実は松前藩の息のかかった者が、再び、私服を肥やすために、ゴロブニンたちを手引きしているかもしれないとも思ったが、さすがにこれは奉行所でも言えなかった。

 言うのはあまりにも恐怖、もし真実なら人知れず殺されそうであるし、沈黙して様子をみるしかなかった。

 仕方ないが、とにかくゴロブニンたち、彼の名前通り牢にとじこめるしかない!と、林蔵も思うしかなかった。

 やがて、6月に入ると、奉行交替のため、江戸から小笠原伊勢守が松前にきて、荒尾但馬守は松前を離れることになった。

 新しい奉行も、脱走は故国へ帰りたい願望であり、日本を攻めるとかいった危険なものでないと考えて町の牢から出して、初めに収容した建物に移し、再び食事も上質となった。

 松前ではまたロシア艦が来るのではないかといった噂があり、林蔵も心配したが、江戸からの情報(正確には長崎の出島のオランダ商館からの知らせ)で、欧州はナポレオンの支配するフランスがずっと10年以上、ロシアやイギリスなどと戦争していて、ロシアは大軍をとても遠い極東に運ぶ余裕はないようだと知った。

 林蔵も、帰国を願うロシア人とは別ながら、段々と江戸に戻りたくなってきた。松前では自分の意見を聞いてくれる者がいない。みな、どちらかと言うと、ロシアのゴロブニンたちをあわれんでいた。

 ここで自分が一人で何を言っても、また始まった!間宮の奴、また言ってらぁ、という感じで聞く耳を持ってくれない空気があった。択捉でひどい目にあったのを未だ根に持ってるあわれな一人者とか言われているような気もした。

 林蔵自身、松前の奉行は、みごとに騙されているなら、江戸で意見を言った方が、まわりも聞いてくれるような気がしていた。

 松前の奉行に行き、江戸に帰参を願い出ると、あっさりと許可された。どうやら、俺は、厄介者になりつつあったかもな、と苦笑した。

 津軽海峡を渡り、健脚を活かして、奥州を南に向かう。途中。蝦夷地には生息しない日本猿の群れを見ると、なんだか、嬉しく思った。また猿を見てふと思い出すと、三猿の彫刻のある日光の東照宮でお参りを済まして、また進み、半月で花火のきれいな夜の江戸につくと、一息ついて宿に入った。
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作者:福田純也
福田純也
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