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 林蔵、奥の道未知!をいく

 江戸時代の探検家、間宮林蔵を題材とした小説です。

その四

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その四

光太夫自身、日本に帰ったら、最初は生涯、ずっとどこかの屋敷内で監禁されるかもと思ったが、意外と役人の許可さえあれば、自由も認められていて、のんびりしていますよ、と、笑顔で答えた。

「いろんな方が光太夫殿と面会されたのではないでしょうか?」林蔵は尋ねた。

「えー、帰国して、蝦夷の箱館を出て江戸に運ばれている時から、各地で噂は飛び交ったとは思いますが、雲居(江戸城)の将軍様の所に赴く際、蘭学者の方とも会いましたね。それから、その弟子の方もたくさん訪ねられ、そして尋ねられました。江戸でも松前でも、皆さん、すごく珍しいものに興味を持ちやすいといいますか。たくさん聞かれましたね。その後、オランダ正月と言うのにも招いて頂きまして、オランダや、フランス等、ロシアの西にある国の事などについても話もしました」
 
「オランダ正月ですか?」林蔵は聞き返した。
「江戸にいる蘭学者の大沢玄次様たちが主催したものですよ。オランダでは、日本とは違う暦を使っておりましてな。今、日本は正月明けですが、西洋の暦ですと、すでに如月(2月)の終わりです。50日くらい違うのですよ。それで、私どもの暦でいう霜月(11月)20日ごろが向こうの正月なのです」光太夫は答えた。
  
「ロシアもそれを使っているのでしょうか」林蔵は尋ねた。

「いいえ、ロシアの暦も、他の西洋と同じで太陽の動きをもとにしているのですが、西洋でもロシアは一番東にあるせいか、ほんの少し違うようで、自分たちの暦はロシア暦と呼んでいるようです。そんな話をラックスマンと言う向こうの学者からうかがいました。でも、日本の陰暦から比べれば、さほど違いはありますまい」

「ラックスマンとは、あのロシア使節のラックスマンでしょうか?」

「左様です。さすが林蔵殿、蝦夷におられるだけあってお詳しいですな。ラックスマンは、ロシアの学者でもあります。そう言えば、ロシアの地図を見に来られたはずでしたな」というと、奥の部屋へ移動すると、まもなく戻ってきて畳の上に大きなロシア大陸の地図を広げた。

「この通り、まだ樺太のところはこの地図にもありますけど、対岸の大陸にアムール川という大きな川が流れていてその河口があって、その少し南のところで大陸と陸続きになっていますが、正式には、この辺りはまだ分かっていないようですな。それよりはるか北のここが、オホーツクという港です。冬はよく凍ることもあります。私が移動した道はここです」と、光太夫は地図を見せて説明を始めた。

 最初、伊勢白子の浦を出た船がはるか北の小島に流されて、数年後、漂着した島から、島に来ていたロシア人と共に船を作ってカムチャツカ半島を通り、さらにまたオホーツクまで海路を行き、それからはずっと長い陸路です、と、言いながら、次は、ヤクーツクという街、そして、ずっと内陸の大きな三日月みたいな形をした大きな湖(バイカル湖)の近くの都市がイルクーツクで、ここがシベリアでは一番賑やかな街ですが、ここに日本人学校があり東方の拠点ですな、と光太夫が指で地名をさす。
それを見た林蔵は江戸から蝦夷の松前に行くだけでもすごく時間のかかる日本よりもはるかに長い距離があり、かなり衝撃を受けた。さらに、光太夫は、女王に日本への帰国の許可を求めて、イルクーツクから、はるか西の首都ペテルブルクまで行ったと言う。林蔵は、驚きながらも、犬で進むソリは、日本では無理でしょうかという話をしたが、光太夫は首を振った。

「どうも向こうは道が広いだけでなく、短い夏が過ぎるとすぐに凍り始めるのです。しかもこんなに広いのに全く山がなくて森や平原の中、なだらかな広い一本道です。だからでしょう、速く移動できますが、実のところ、凍傷の危険は常に付きまとっております。日本のように宿場町が各地にあるわけでもありませんし、人もいませんから一気に進みます。日本の場合、蝦夷は私はわかりませんけど、本州は、山や川が多く、坂道だらけですし、無理でしょうな。
 ロシアというか、シベリアは、一つの集落からまた別の所に移動する際、ひたすら草原だったり、森林がいつまでも続いていて、景色が変わらないのです。一本道を大きな鹿(トナカイ)や犬で引くソリや、やはり日本の馬よりもずっと大きな馬が引く馬車が行きかうだけ。そして冬は長く、嵐で何日も動けないから、途中途中で原住民の小屋や、駐在しているロシアの役人の家の一室でじっとしていたこともありました。それから、そりで移動する時、いつも凍傷にならないかと、気になって仕方なかったです。実際、仲間の中には、凍傷で亡くなったり、足をやられて歩けなくなって日本に帰れなくなった者もおりますし」光太夫はそこまで言うと当時のことを思い出したようで、煙管を手に取り、煙草を吸いながら、涙をこらえるように天井を見上げた。
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プロフィール

作者:福田純也
福田純也
性別:男性
男性

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