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 林蔵、奥の道未知!をいく

 江戸時代の探検家、間宮林蔵を題材とした小説です。

その一

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その一

第二章 樺太(サハリン)へ

 その後、林蔵の届けた上申書は、函館の奉行に届いた。奉行で、林蔵自身から、上申書について聞きだすことになり呼び出されると、彼は、半ばドキドキと緊張しながらも、待ってました!、いざ勝負!と思って、以前、村上に語ったことをゆっくりながらもしっかりと語った。
奉行所では、林蔵が最初の日の取り調べの際、自分と御典医の久保田明達様の二人が撤退に反対し戸田様に証文を書かせようとしましたが、逆に戸田様から罵倒され強制的に退却を命じられましたと、答えたことを、よくある責任逃れのための嘘か言い訳だろうと判断していたが、御典医の久保田明達の証言だけでなく、武士の中で一番下の、責任に問われない立場の身分の足軽でさえも、彼が戸田に罵倒されたことを知っていたこともあり、真実だ、ということが証明された。しかも、臆病者として周りから軽蔑されながら惨めに暮らすくらいなら、一命をかけてロシアに潜入しますと言い、その潜入方法まで上申書に書いている。

 普通、冬の厳しい寒さから、蝦夷にすら行くのも嫌がり、すぐに帰りたくなる者が多い。ただでさえ人手不足な中、測量技術があり、アイヌ語もできる林蔵はきっと役に立つだろうという事は、奉行の役人でも推測できることであった。
 函館奉行の役人の中でアイヌ通の高橋重賢が勤めていた。高橋は江戸生まれの幕役人であったが、蝦夷に派遣される前、江戸で世界地図の作成をしている蘭学者で天文方の同じ苗字の高橋景保や、年齢はその景保の亡父で同じく蘭学者だった高橋至時よりも10年以上年長ながら50歳で隠居して江戸に出るとその至時に弟子入りして、ついには測量の大家になった伊能忠敬とも交流があった。

 高橋重賢は、景保や伊能忠敬から、蝦夷の隣、北の樺太こそが世界の中で、極地を除いて、唯一のまだきちんと知られていない地域であることを何度か聞いていた。清国、ロシアだけでなく、更には遠い西洋のイギリス、フランスの探検家までもが探検を繰り返している。
 また、日本近海に異国船が多いのは、太平洋沿岸(日本近海)に多数生息している鯨の油を取る目的と思われていた(当時、ランプの灯りに鯨の油が西洋では使われていたため、21世紀の現代と違って多くの欧米諸国は日本人よりも鯨を捕っていた)。日本人が、本州から渡海して、やっと蝦夷地近辺を探検している中、はるか遠くの外国船が先に樺太を知ってしまうことは国防上の不安にもつながっていた。
 ただ、樺太は、蝦夷地でさえ行きたがらないものが多いのに更にその北にあるということ、更にアイヌ語が分かり、測量もある程度実施経験がある者で厳しい冬の寒さに耐えうる者、また先祖代々の武士でもなく、農民出身の成り上がりの下級武士で根性のありそうな間宮林蔵はかなり適任な人物であろうと考えられた。
 
 「林蔵、そちは、シャナの会所で、自分は一人残って戦うと戸田殿に言ったそうだが。もし、戸田殿から、わかった、ならばお前は残って必ずロシア人を倒せよ!と言われても戦ったか?」と、重賢はわざと尋ねてみた。
「はい、勿論です。私だって、大きなロシア人は怖かったです。しかし、あのままやられっぱなしでは悔しいし、情けない。向こうは今後もっと日本人をなめてきます。だから、今度、自分からロシアに行ってやりたいのです!」林蔵は、熱くなって答えた。

「そうか、そちの気持ち、よくわかった。だが、ロシアは遠いし、ウルップ島に行って、すぐにロシア人と会えるかもわからない。それにそちの計画通り、無事に着いても、今度はロシア人に捕まって、外の見えない一室にずっと抑留されるかもしれんしな。それでは、せっかく行っても何もならん。林蔵、うまくいくかわからないロシア行きでなく、樺太に行ってみる気はないか?」重賢は声をかけた。

「樺太ですか?」林蔵は、重賢からの意外な問いかけに驚きながら、思わず口を開いた。
 
「蝦夷の北だが、ロシアより当然近い。行けると言うなら、奉行から推薦してもよいぞ」と重賢は言った。
 林蔵は、樺太なんて蝦夷から海を渡ってすぐじゃないか、と思うと即答した。

「もしお許しがあれば、行かせて頂きます。いいえ、ぜひ共、私を派遣してください、測量でも何でも自分のできることならがんばりまっちゅ!」林蔵は再び興奮し、最後は舌を噛みそうになりながら答えた。
 
「よし、わかった。そちはたぶん、今回の択捉島での時も、罵倒されながらも退却に反対し続けたことは、他の者の証言でも伝わっている。刑も軽く、仮に重くなったとしても、数ヶ月の江戸での入牢くらいで済むと思うしな。我らも実は、誰かを樺太へ測量に派遣する必要があり、すでに人選びをしているところだ。一人、すでに松田伝十郎という者に決まっているが、もう一人を探していてな。そちならば断ることもないと思っていたし、良かった!」

「罪をお許しいただけるなら、喜んで行かせて頂きます。実は、どんな咎めを受けるか気になってまして、樺太へ派遣されるなら、罪人として伊豆七島に流されるよりもありがたいです」

「わかった。ならば、これから早速、お前を江戸にやって吟味させねばなるまいな。もっとも、遠島のような重い罪を受けることがないよう、我らからも、きちんと嘆願書を遣わすからつもりである」
喜びと興奮を押し殺そうとした林蔵だったが、重賢は硬い表情になって言った。

「樺太にも、ロシアや清国、またどこかの国の船が来ないとも言えぬし、蝦夷地よりさらにひどい寒さで無事に帰れぬことだってある。一年間、伊豆大島や八丈島に流刑になるより、ずっときついかもしれん。江戸に着いたら、吟味の後、かつてロシアで漂流していた大黒屋光太夫殿や、日本中の測量で蝦夷地にも来た伊能忠敬殿とも面会できるよう、こちらからも書状を送っておこう。この二人に会えば、いろいろ樺太での対策になる情報もあるだろうから」

 林蔵はまだ罪人のような扱いながらも、この重賢の言葉に大変に興奮し、これを早く師の村上島之允を伝えようと、彼の泊まっている旅籠に再び訪れた。幸いにも村上は任務を終え、旅籠に戻っていたので、早速、面会を請い、村上と会うや、奉行で言われたことを、興奮気味に伝えた(第一章終り)。
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プロフィール

作者:福田純也
福田純也
性別:男性
男性

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