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 林蔵、奥の道未知!をいく

 江戸時代の探検家、間宮林蔵を題材とした小説です。

その五

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その五

山丹人たちは、米の袋と酒の入った壺の臭いを犬のようにクンクンとかいだ後、それらを持つとおとなしく舟で去って行った。だが、林蔵のまわりのアイヌ人はやはり大変ショックだったようで、次々と南へ帰りたい、と泣きそうな顔をしながら言い出した。
 林蔵もなんとか彼らをなだめように思ったが、海岸の波がそれから荒れだし、舟をだすこともできず小屋に留まるを得なかった。焦って南に引き上げるにも舟が横転するかもしれなかったし、皆で酒を飲んでゆっくりと寝ながら待つことにした。たぶん、彼らには山丹人への恐怖だけでなく、厳しい冬が近づいてきていることも頭にあり、そんな中、未知の北部に行くことの恐怖をも感じているようであった。
 
 林蔵も酒を飲んで、落ち着きを取り戻した。俺はどうも焦っていたな、北部の冬は確かに寒いだろうけど、まだ8月、日本もまだ秋になったところ、アイヌ人たちまでもあせらせて失敗したなと、後悔した。

 だが、今回、普段アイヌ人の服装をしながらもいざという時は日本人として刀を差し、漢字を記すと、やはりうまくいくようである。俺がいれば山丹人もうかつに攻撃はできない。
 ロシア人は樺太は半島と思っているから、北からあの細い海を渡って来ないだろうし、ここからは、清国の役人と会うかもしれんしな。俺についていれば大丈夫だ、とアイヌ語で少し語りかけて日本の清酒をふるまい、鮭を食った。
酒を飲ませたら、アイヌ人も落ち着いてきたようであった。

 翌朝、ようやく波も静まったので、林蔵はアイヌ人に再度頭を下げてお願いし、説得をすると、アイヌ人も幸い了解してくれたので、舟で北へ進むことになった。

 だが、それから2週間ほど経ち、8月も終わる頃、リョナイを出たアイヌ人たちがまた不安そうな顔をしだした。ずっと、それまでは比較的晴天に恵まれていたが、急に雨が降ったことで、濃い霧が立ちこみ、北へ進むことへの恐怖感が再び湧き上がってきたようであった。無理になだめるのはやはり難しいので、林蔵は、彼以外、誰も意味のわからない日本語の民謡を歌っては彼らを笑わせようと努めたりしながらも、アイヌ人のいそうな集落に早く着いて、休みたいと思った。
 
 9月3日、ようやくトッショカウという集落に着いた。前回松田伝十郎と一緒に行ったから、林蔵もよく覚えていたが、ここから北はアイヌ人が住まない、しかも、9月になってから浜辺で野宿していたが、朝晩の寒気も急に厳しくなったように感じた。それに、先日の山丹人に米を一部奪われたし、もう帰るべきだと再びアイヌ人たちが不安になって言いだした。
 林蔵も、ここで焦って行っても厳しい冬になろうとしているし、大した成果が得られないような気がしてきた。松田伝十郎と一緒に行った時は、遠慮もしたがアイヌ語も自分よりも上手で頼りがいのある兄貴のような存在の彼がいた。今回、自分は再度、行くと申したが、いっそ来年の春にすれば良かったのに、時期を誤ったのかもしれぬ。本当、功を焦った俺の失敗だ。とりあえず、リョナイまで戻ってまた考えよう、と思った。

 アイヌ人たちもほっと安堵する表情を浮かべて喜んで、翌日、舵を逆にして今度は南へ進んだ。彼らの気持ちが波に乗り移ったかのように、舟は早く、14日にリョナイに着いた。
 だが、そのリョナイもすぐに寒くなった。野宿でなく仮小屋をつくっても夜風がひどく寒く、とても耐えれそうになかった。困っていたら、近くに住む中年の酋長が若いアイヌ人を連れて自分たちの集落に来いと薦めてくれた。名はウトニンと言った。
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プロフィール

作者:福田純也
福田純也
性別:男性
男性

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