忍者ブログ

 林蔵、奥の道未知!をいく

 江戸時代の探検家、間宮林蔵を題材とした小説です。

その四

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

その四

一茶は、まじまじと聞いていたが、やがて軽い溜息をついて言った「いや、恐れ入りました。大変だったんですね、なんて、とても軽々しくいえません。心底、恐れ多いと思います。それにしても、樺太の奥地を、幕命とは言え、二度も行かれるとは、きっと後世に残るに違いありません。百年以上前に、俳諧の芸を発展させた、いわば我々全員の師匠とも言える松尾芭蕉が、奥州での旅について記録した(奥の細道)を残していますが、間宮様の行かれた奥は、そらに途方もなく奥ですね。百年前なら、奥州も名前の通り、奥でしたが、今となっては、まだまだということでしょう。それで、ロシア船も沖に現れたりしなかったのでしょうか?、なんでも、伝十郎さんから聞きましたが、以前、間宮殿が択捉におられた時にロシア船がやってきて、大変だったのでしょう?」

 林蔵は、ゆっくりと答える「択捉でロシア船を見たとき、確かに大きな船でしたから、怖かったですよ。でも、ロシア人は少ししかいなかったのに、私たちは二百人もいたから戦っても勝てると思ったのですが、上からの命令で、やむなく私も退却しました。だから、ロシア人の姿は遠くからほんの少し見えただけで、今もどんな人間か、大きいくらいしかよくわからないのです。
 今回、樺太の西側中心の探検でしたから、ロシア人もロシア船にも出会わずにすみました。樺太の南で凍傷を治して、春になってからまた北に向かい、地形を調べ、それから、原住民の船で、大陸に渡り、清国人の役人のいる町まで行きました。そこで、清国人に聞いたところ、だいぶ昔、ロシア人は、私たちとは逆、北から樺太の地形を調べようとやってきたみたいですが、ここで、清国人と戦さになって、もう来なくなったようです。ですが、一茶先生のおっしゃる通り、奥州はもはや奥では言ってられません。
 樺太の北部から大陸は、意外に近く、実は、ロシア人たちは大陸と樺太は陸続きと思っているくらいです。たしか、一番狭いところは舟で2里(8キロ)くらい離れていないのです」

 「樺太からたった2里で大陸まで行くなら、清国人も樺太に来れそうですね」と一茶が訊いた。

 「いいえ、彼らの故郷は、大陸のずっと内陸で南の方らしいのです。樺太の北側からアムールという河をずっと上ったところです。この河が日本のどの川よりもはるかに長い河です。その河がずっと南西に流れていまして」と林蔵は袂から、筆を取り出すと、近くに置いてあった紙に地図をかきながら、続けた。
「ですから、今は、彼らは、夏の間だけ、せいぜい2か月くらい、この河を下って、樺太にだいぶ近くなりますが、デレンという町で、役所を開いているのです。そこからはわざわざ渡海して樺太には来ません。北樺太に、山丹人、ニヴフ人などがいますけど、そういった部族の酋長が、樺太から渡海して、デレンの役所に朝貢するのです。
 ですから、私は、冬にロシア人がこっそり来ると心配もしたのですが、今のところ、まだ大丈夫みたいです。清国とロシアとの間で、国境も定めたようですから」

「そうでしたか、そんな北の果てでも、国境を決めるのですね。私たち日本人は、海に囲まれているから、検討もつきませんでしたよ。それで、間宮殿は、そのデレンという街、面白い名前ですね。そこで、清国人のお役人とは会えましたか」

「はい!」林蔵は待ってました!とばかりに答えた。これが言いたくてたまらなかったという感じに答えて、さっそく、続けた。

 「清国人は、まさに、長崎にいる清国人の絵を見たことがありますけど、まさにあの姿です。ひげを少しはやして、髪の毛も頭部をそって、後ろに束ねていましたね。先生は西国に行かれたとのことですが、長崎には?」、今度は林蔵が質問した。

 「ええ、九州も薩摩以外は、みな廻りました。もちろん、長崎もです。あそこには、オランダの出島もありますが、もっと広い唐人街というのがありましてな。清国人が多い時は、千人もおります。長崎は五万人の街ですから、千人は、かなり多いです。オランダの出島は役人の目が厳しく入れませんが、唐人街には、入れました、唐人も勝手に自分たちの唐人街から出れん、だから、デレンではないですが、長崎の遊女がかなり出入りしていまして、実のところ、清国人との間にできた混血児もだいぶいるようです。顔自体は、日本人とあまり変わらない感じですが、雰囲気がだいぶ違いましたね。唐人は豚が大好きで、長崎でも豚を飼育していました。日本とはえらい違いです。間宮殿は、食べたことおありですか」と一茶が尋ねた。

 林蔵は一茶が意外と面白い方のように感じ微笑んで答えた。「はい、デレンに着いてから、清国役人に招かれた時等、何回か食べましたが、山鯨(イノシシ)の肉に近く、美味しかったです。あと、清国人とは、漢字で筆談して、昔の詩人、李白の詩も教えてもらいましたけど、先生は、漢詩の方はいかがでしょうか」

 一茶は首を振って答えた。「いいえ、お恥ずかしながら、漢詩はさっぱりです。ひたすら、俳諧や短歌を詠んでいただけです。それで、どんな詩か、よかったら教えていただけないでしょうか」
PR

コメント

プロフィール

作者:福田純也
福田純也
性別:男性
男性

最新記事

(12/31)
(03/18)
(03/14)
(03/12)
(03/11)

P R