忍者ブログ

 林蔵、奥の道未知!をいく

 江戸時代の探検家、間宮林蔵を題材とした小説です。

その十一

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

その十一

渡された紙を見ると、客中行という題で、以下のように、漢字で書かれていた。
 
 「蘭陵美酒鬱金香(蘭陵の美酒はチューリップの香り)
  玉椀盛来琥珀光(玉の碗に注がれ、琥珀の光をはなつ)
  但使主人能酔客(但、主人の能く人をして酔わしめば)
  不知何處是他郷(知らず、何れの處が是れ他郷)」

 「李白の詩ですか?」と林蔵は書いて尋ねた。

 「李白の客中行という漢詩です」と役人が答えた。先程より、酔いがまわっていたが、何回も客中行という漢詩の意味を探ろうとした。最初の鬱金香というのは、どうもよくわからない。
これは何ですかと問うと、役人もうまく、答えられないようで、ただ、華、と漢字で、紙に書いて知らせた。実は、チューリップの花のことであったが、日本に伝来するのは、この探検より、さらに半世紀後の、いよいよ徳川幕府が倒れる直前の幕末時代のことであるから、当然、林蔵も知らなかった。
 もっと詳しくきこうかとも思ったが筆談だし、相手もどこまで知っているかわからないし、たぶん鮮やかな花なのだろう、と勝手に納得した。

 林蔵が寺子屋で教えてもらった漢詩は、静夜思と他の詩も習ったが、きちんと言える(というか書ける)のはただ一つだけだった。だが、一つだけでも知っていたことがこんなところで役に立つとは、と林蔵は思った。
李白といえば、林蔵の探検から、さらに千年以上前、唐代の詩人である。日本で言えば奈良時代、平城京の時代、日本から遣唐使が渡り、唐で学問や仏典を学んだ留学生や留学僧が日本に帰国し、また多くが帰路、船が難破して亡くなり、ということは彼も知っていたが、はっきりとは知らなかった。
ただ、李白は唐朝の酒と夜空の月と旅を愛した詩人だと、役人の一人が筆談で知らせてくれた。

 各地を放浪し、酒を飲む、李白と俺は近いけど、俺はこれから日本に戻る義務がある、林蔵はふと思った。それに、今回、あまりにも長く日本を離れてしまった。あのロシアを漂流した光太夫殿と比べれば、ずっと近いけど、普通の日本人からすれば、やはり遠いところだ。
 先程は、もし北京までつれてもらって、とか、一瞬、妄想を抱いたが、もういいだろう、そろそろ蝦夷地でもいいから日本に帰りたい、と思った。

 やがて、酒宴が終わると、林蔵は、酔いながらも、一礼して、清国役人たちと別れた。舟をでて、小屋に戻ろうとすると、コーニが近くまできて、心配そうに言った。

 「清国の役人とは楽しめたのか」と、半ば酔って、あかくなった林蔵に問いかけた。

 林蔵は思わず日本語で、楽しめたと言ったが、相手は意味がわからない。されど、酔った林蔵はすごく疲れきった緊張がほぐれたような気がしていて、すごくやすらかな笑顔で顔はほどよく赤くなっていた。コーニは、何となく林蔵の気持ちを察したようで、無言でつれて帰ると、一団は、すぐに眠りに入った。
PR

コメント

プロフィール

作者:福田純也
福田純也
性別:男性
男性

最新記事

(12/31)
(03/18)
(03/14)
(03/12)
(03/11)

P R