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 林蔵、奥の道未知!をいく

 江戸時代の探検家、間宮林蔵を題材とした小説です。

その七

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その七

さて、無事お咎めなしで蝦夷に戻ってきた林蔵には、年明けの松前の風景がなんだか明るいように感じられた。津軽海峡での船の中、1月の終わり(今の3月上旬頃)まだ強い冷風が吹き付け、北へ帰る人の群れは誰も無口で♪、空は曇っていて暗いなぁとも感じたが、無事に松前に入ると、旅人たちの顔に安堵感が立ちこめているように感じた。林蔵も、北の酒場通りに入ると、三味線のいい音色が聞こえ、小料理屋で鮭を肴に酒を飲んだ。林蔵も気持ちよく酔いながら、もっともっと人が増え、ここを基地にして蝦夷全土に和人(日本人)がアイヌと仲良くなり、行き渡れば、北の酒場通りも増え、楽しいのに、と感じた。

  翌日、奉行者に帰任の報告をすると旅籠で休んだ。さらにその翌朝、箱館奉行にいた頃から林蔵の弁明に耳を傾け、江戸奉行にまで書状を出したりして助けてくれた高橋重賢からの使いの者が書状を持って、旅籠に泊まっている林蔵の元に訪れた。

 書状を読むと、すぐに奉行所へ来るようにと言う内容であったので、急いで身支度を整えると奉行所を訪ね、一室で早速待たされた。
 すると、高橋が姿を現し、林蔵を見てにこやかな表情で言った。

「お咎めもなく、良かったな。南町奉行からの書状によると、江戸でもお前の勇敢さをみなが大層ほめていたようだぞ。それに、思ったよりも早く帰ってきてくれたな。何よりだ。」

「高橋様のお陰でございます。今度のこと、何とお礼を申し上げてよいか…」林蔵は、江戸での吟味のことを思い出し、感激のあまり泣きそうになるのを必死でこらえながら平伏した。

「ところで、以前、私が言った樺太への測量や原住民の調査の話だが、今でも行くという気持ちに変わりはないか?」重賢は尋ねた。
 
 林蔵は即答した。「はい。私はそのつもりでございます。江戸では、伊能忠敬様から最新の羅針盤を譲って頂きました。それから、ロシアで10年以上過ごした大黒屋光太夫殿からもシベリアについて詳しく教えて頂きました。またとない機会です。樺太での活動、命に変えてでもやり遂げる所存ですが、もしや、他の方が樺太へ行くのを志願されたのでしょうか」と逆に尋ねた。
 
「志願者?。ハハ、伝十郎とそちの他におるわけなかろう。早速だが、明日から私の家にて寝泊まりするにいたせ。それと近いうちに松田伝十郎の部下として樺太見分の下命が下るから、準備に取りかかるのだ。頼んだぞ」

「ところで松田様は今どちらに…」林蔵は訪ねた。

「伝十郎なら、今も蝦夷北端の宗谷の港におる。他のものがバタバタと病気で倒れる中、大した奴よ」高橋は目を細めて言った。
 高橋の言った通り、その数日後、松前奉行を通して正式に樺太見分の命令が出た。なんでも樺太の南部のことは、択捉島を初めて調査した最上徳内らが夏に調査で入っていて解っていたが、北部については全く未知であった。
 清国領として清国の役所があるかもしれないし、もしかしたら、すでにロシア船が停泊してロシア人の集落もあるかもしれない。また、アイヌとも違う原住民が別にいるようであったが、彼らについてもまだよくわかっていなかった。

 更に、この樺太北部こそが、未だ世界の地図の中で唯一、謎の場所であった。樺太は島なのか、それとも大陸とつながった半島なのか、外国の憶測図(江戸で大黒屋光太夫の屋敷で見た地図も)では、どの地図も樺太を半島のように記していたが、まだ実際には未知の地域であった。
 林蔵は新しい羅針盤の性能を調べたり、時々、重賢の許可をもらってアイヌ人の村に行き、寝泊りをさせてもらいながら、再びアイヌ語の会話に慣れながら準備に入った。
 
 3月に入って、林蔵はいよいよ高橋の指示に従って宗谷に出発することになった。
さらに、従者には以前、樺太南端の自主で長く番人をしていたアイヌ人と和人(日本人)の混血で、アイヌ語も日本語もわかる万四郎という者が同行することになった。かつて、伊勢田子の浦から8ヶ月も漂着してカムチャツカの東の島へ漂着した大黒屋光太夫に比べるとどれだけ自分は恵まれているか、と、林蔵は再び心強さを感じた。万四郎は以前、箱館の港で働いていたせいか、日本各地から集まる船の船乗りと話していた経験があり、仮名に簡単な漢字なら書けたし、大都市である江戸や上方の言葉は勿論、対岸の津軽の方言や九州の肥後や長崎の方言等までも詳しかった。内地の方言も、各地でかなり違っていてアイヌ語だけが特別違うわけでないのに、内地の人たちはアイヌ語を難しいと誤解しています、と言った。林蔵自身、アイヌ語を意外と早く習得しただけに、万四郎の言いたいことがわかるような気がした。彼も、津軽の方言は学習したアイヌ語より難しい。地元の人同士が話すのはさっぱりわからなかった。服装や食生活や習慣は違えど、今はアイヌも米を食べるし、煙草を吸う。寒冷地の蝦夷地ももっと内地の人に身近な存在になってほしい、そう感じた。
 俺だって、アイヌ語も今やアイヌ人同士の話すこともだいたいわかるようになったし、宗谷ではやはりアイヌ語のできる松田様と一緒だ、みなが仲間だ!
 何とかなる!、そして、もし万が一ロシア船に捕まったら無理に争わず、捕虜になってロシア語を習得するとしよう。それでもいいじゃないか!、と思うようにした。
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作者:福田純也
福田純也
性別:男性
男性

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