第三章 もう一度、海を越えて。
宗谷の会所に帰着の報告をすると、早速、林蔵も松田伝十郎も各自、報告書の作成をすることになった。
宗谷には、ロシア船の来攻に備え、会津の藩兵が五百人もいて、林蔵たちが出発した時と変わらず物々しく警戒にあたっていた。更に以前、箱館奉行所で林蔵に樺太行きを進めた吟味役の高橋重賢、さらにその上司にあたる奉行の河尻肥後守が出張し、また、九州の長崎から、オランダ語の通訳に海上監視の専門家までもがはるばる日本海沿いの西回り航路を北上し、松前を経由して出張してきた。林蔵も松田も、ロシアとの関係が極めて緊張していることを改めて感じた。特に、林蔵は樺太の東海岸を移動していたこともあり、あの時、ロシア船がいなくてよかったなと改めて思った。
二人は帰着後、報告書を急いで記し終えると、早後、会所の宿所に行き、奉行の河尻と、吟味役の高橋に報告をした。河尻も、樺太北部のラッカまで行った二人の行動に、当然のことながらも大変関心を持ち、質問を続けた。
それから、樺太の作図も見せると、一番感心な点を問うてきた。「樺太は島であるか、地続きであるか、その点はどうだ、はっきりとわかったか?」と尋ねた。
二人とも互いに目を合わせると「おそらく島に間違いはありませぬ」と、ほぼ同時に答えた。
奉行は、「何!、そうか、樺太は陸続きではなく島だったのか!、それは大義であった。では早くこれから松前に向けて出発せよ。箱館でも奉行の村垣淡路守殿が樺太のことを気にされておるでな」と言った。
松田は「はは、ただちに支度いたします」と答えたが、林蔵の方は改めて姿勢を正し手をついて、言った。
「恐れながら、お奉行様にお願いがございます」
河尻は「何だ」と林蔵を見た。
「私は今回の樺太奥地を見てまいりましたが、ラッカという集落より北上しようにも、浅瀬で潮の流れが強くあきらめました。島である自信はかなりございますが、絶対、島であるとの確信まではいたりませんでした。もしできましたら、もう一度奥深くまで入りとうございます」林蔵は必死になってお願いした。
「奥地へ、また入るというのか!」奉行は驚き、林蔵を見た。
「はい。我々は、最初は松田様、そして数日後、次は私と、ラッカからそれぞれ北上を試みましたが、共に潮の流れがあまりにひどく長居できずに帰りました。ですが、もっと長くいれば、もっとはっきりとわかるような気がしました。その先にアムール河の河口があるはずですが、ひどい霧でしたし、その河口まで行けておりません。やはりもう一度、この目にしっかりと焼き付けたいような気がいたします」と語ると林蔵は頭を下げてお願いした。
林蔵自身、小型の舟で北進して、西洋人たちの探検より成功した、という自信はあった。探検の前は、十中ハ九、西洋の地図の影響もあって、樺太は半島だと思っていた。
だが、今回は島であるという思いが、十中八九いや十中十である。「間違いない!」と思うが、何か気になって仕方がなかった。
あそこでたくさん海藻に邪魔されていくのを断念したが、昔から、あの辺りで、ニヴフ人が大陸の清国人とは貿易をしているわけで、やはり夏は船を使って、そして冬になれば凍った永の上を行くか、それははっきりわからないが、きっと渡っているに違いない。
何とか、今度は、自分がもっと現地人と仲良くしてアムール河口の方までもできれば行ってみたい。その河口の北側は今は清国でなくロシアの勢力かもしれないが、近くまで探りたいという気がしていた。
松田様に従って行き、10年年下で下役の自分はかなり助けてもらったけど、従者としての立場でもあり、どこか遠慮もあったわけで、今度は松田様には悪いけど、もっと自分こそが主役でやりたい、と思った。